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銀座散歩・・・銀ブラと言うのでしょうか。 [東京散策]

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銀座を歩いています。
新橋駅で降りて、9丁目から通りをブラブラ歩き、カフェパウリスタでコーヒーを飲む・・・・が予定の行動でしたが。
店内改装中で、パウリスタは、お休みでした。

お店曰く、ここでブラジルコーヒーを飲むのが「銀ブラ」の語源とか。
残念ながら、今日は本当の銀ブラには、なりそうもありません。

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甘味処「若松」の店頭です。

若松は、あんみつ発祥の店です。
「それまで、蜜豆はあまり上等な食べ物ではなかった。路地裏に荷を担いで売りに来たり、町の駄菓子屋でトコロテンと一緒に売っていた。」(江戸東京物語・都心編)
蜜豆に餡を加えて売り出したのが、若松です。
昭和5年頃の話といいます。

江戸時代からの汁粉屋であった若松の先代が考えた餡蜜でしたが、売り出しにあたって、「そんな下品なものを扱うな」と反対されたそうです。
しかし、これがヒットしたんだそうです。
そうですね、今では全国どこの甘味屋でも定番商品となっています。

さて、クリーム餡蜜ですが、これもこの店が発祥らしいのです。
考え出したのは、先代の息子、親父は「あんなものは邪道だ」と言って反対したそうです。
歴史は繰り返す。
いまや、クリーム餡蜜も、どこでも見られるメニューになっています。

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若松のあるコアビルを裏に抜けると、
稲荷社の幟の向こうに飲食店が並ぶ小路がありました。
三原小路と言うのらしい。
夜、来たいですね。

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みゆき通の文芸春秋社別館、その隣の路地にある酒場「ルパン」です。
今は、どうなのか知りませんが、かつては文人が集うたことで有名なお店です。

「その夜、銀座の酒場で幾分か酩酊したのだが、容易になじむことができなかった。
私に酒を進めるどの女の子も、私の小学校時代の先生と同じ言葉なのである。
その当時、いくら大阪の先生でも教壇では大阪弁を使わず急ごしらえの標準語でしゃべっていた。
だから私は酔えば酔うほどなんとなく小学生の心境に追い込まれて行くのをどうすることもできなかった。」
(「銀座知らず」司馬遼太郎・銀座百点第73号1961年1月から)

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「パウリスタでコーヒーとサンドイッチでも」の予定が狂った私は、中華そばを食っています。
築地場外市場の「井上」は、相変わらずの行列ができていました。

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一度に6杯分の丼をを並べ、手際よく製造が進みます。
・・・ので、さほど待たされるわけでもなく、中華そばに、ありつくことができました。

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スープたっぷりで、丼から溢れ、お盆が浸水状態です。
チャーシューは5枚も入っています。
隣の外人二人、しゃべっている言葉は不明でしたが、興奮状態から感激している様子がわかります。

築地も、・・・銀座のうちなのでしょうか。
ま、いいか。

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  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2001/08
  • メディア: 文庫

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