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高橋是清邸をたずねて [東京散策]

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高橋是清は、「達磨さん」と愛称された大正・昭和初期の政治家です。
経済通として知られ、昭和恐慌発生時に請われて大蔵大臣に就任します。
「達磨さんが出てきたからもう大丈夫だ」と世間が言うほど経済政策に通じていたそうです。
しかし、インフレ予防として行った予算政策には軍事費削減が含まれ、軍部からは恨みを買う結果となります。
2.26事件では、赤坂の自宅で青年将校たちの襲撃を受け、殺害されました。

その高橋是清邸が「江戸東京たてもの園」に移築、保存されています。
武蔵小金井の駅からバスに乗り、小金井公園のたてもの園に出かけました。

写真は、是清邸ではありません。
鵜ノ木村の名主を務めた天明家のいろりです。
いろりに火が熾っているのにびっくりです。
もし火事にでもなったらと思いましたが、茅葺民家の保存には、「煙燻」による防虫対策が必要なのだそうです。

さて、次は是清邸です。

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高橋是清邸は建物のみならず、庭園の一部も復元されています。
組井筒を水源とする流れも復元され、井筒から溢れ出る水が涼を誘います。

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庭から眺めた、主屋建物です。
2階が是清の寝室と書斎です。
昭和11年(1936年)2月26日早朝、中橋中尉、中島少尉率いる襲撃部隊が赤坂表町にあったこの建物を襲いました。
警備の巡査の応戦むなしく、2階寝室で是清は銃殺されました。

次はいよいよ建物に入ります。

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建物2階の書斎、寝室として使われていた二間続きの部屋です。
欄間には松竹梅の意匠の彫り物があり、なかなかに立派な造りになっています。

室内の掲示板には状況が記されていました。
「兵士十数名が寝室になだれ込み、白寝巻姿で布団に座っていた是清に銃弾を浴びせ、軍刀で切り付けた。即死であった。」

ガイドのおじさんの説明では、是清はどちらの部屋で殺されたのか不明なのです。
そこで勝手に想像を逞しくします。

二間続きの部屋への出入口は一カ所のみ、ちょうどカメラ位置になります。
ここから十数名の兵士はなだれ込んだのが事実であるとすれば、是清の座っていた布団の位置は、向こうの部屋の女性の足元あたりでしょうか。
手前の部屋は8畳、向こうの部屋は10畳です。
手前の8畳間に布団を敷いて寝ていたとすれば、とても十数名もなだれ込めませんよね。


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話は突然変わりますが、お昼は園内で、「武蔵野うどん」を頂きました。
うどんに載っている薬味は、ねぎ、だいこん、白菜を刻んだものです。
素朴な味がして、美味かったです。
右端に暑さしのぎのビール瓶が見えます。
暑さ凌ぎ代は450円でした。

 

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