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山陰道の水都松江から [只今出張中]

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この一週間ほど、松江、米子へ出張していました。
松江は山陰道の水都といわれる松平家の城下町です。
出雲空港からホテルにチェックインしたのは夕刻でした。
仕事は翌日からの予定で当面することがありません。
夜の松江を歩いてみました。 
ライトアップされた松江城です。
松江藩松平家の初代は家康の孫、直政。
大阪夏の陣が初陣で、真田丸を攻めた人物ですが、松江の殿様といえば茶人として有名な松平不昧公でしょう。
松江は風流大名不昧公にふさわしい落ちついた街でした。  

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洲崎パラダイス [東京散策]

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洲崎神社、かつては洲崎弁天と呼ばれた。
元禄13年、江戸城内に祀られていた桂昌院(綱吉の母)の守り神を遷座したと言われています。
江戸期は浮き弁天とも呼ばれ海中の小島でありました。
神社境内の由緒書に
「当時は海岸にして絶景、殊に弥生の潮時には城下の貴賤袖を連ねて真砂の蛤を捜り楼船を浮かべて妓婦の弦歌に興を催す」とあり、
ここらあたりは風光の地でありました。 
 
明治20年、東京大学の校舎が近所に新築されることになり、
「風俗よろしからず」ということで、根津遊郭が移転することになりました。
遊郭の移転先は、この洲崎神社に隣接する埋立地でした。
埋立地は明治、大正、昭和戦前までは洲崎遊郭として、
戦争中の中断を経て戦後は洲崎パラダイスという特飲街として賑わいました。
 
芝木好子は特飲街時代の洲崎を舞台とした一連の小説を書いています。
『ここの女たちは店明けの宵になると、出の支度をして三々五々この運河を渡って洲崎神社へお詣りにゆく。いわばその日の縁起だった』 (洲崎界隈)
小説片手に、かつて洲崎弁天町と呼ばれた界隈を歩いてみます。

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宮崎にて [只今出張中]

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鹿児島から宮崎へ移動し、5日間滞在しました。
ホテルと会社を行き来する毎日でした。
行き帰りの道すじの街路樹が「ああ、南国だ」と感じさせます。

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鹿屋へ(鹿児島) [只今出張中]

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9月の末から10月の始めまで鹿児島で仕事していました。
休日に大隅半島の鹿屋航空基地を訪れました。
 
鹿児島からフェリーで大隅半島に渡ります。
フェリーの航跡の先には、徐々に小さくなってゆく鹿児島の街が臨めます。
 
昭和16年太平洋戦争の開戦前、 
桜島がある鹿児島湾を湾内にフォード島を抱える真珠湾に見立てて、真珠湾攻撃の訓練が行われたそうです。
訓練の時期はちょうど今頃、10月の初旬から11月初めにかけて行われました。 
フェリーのデッキで、鹿屋海軍航空隊の基地を飛び立った雷撃機が飛び交う様を想像しています。

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