かくいふは魔性の人か神の言葉か(西池袋界隈) [東京散策]
出張、旅行の前には、山川出版の歴史散歩シリーズを開いてみることが習慣となっています。
先日の福岡出張の前にも「福岡県の歴史散歩」をパラパラと眺めていたら、飯塚市の項に旧伊藤伝右衛門邸が紹介されていました。
白蓮事件の柳原白蓮が一時期を過ごした処です。
「同棲十年の良人を捨てゝ白蓮女史情人の許に走る」
白蓮の駆け落ちを報じる大正10年10月22日付け東京朝日新聞の見出しです。
白蓮の夫への絶縁状が掲載され、夫伝右衛門の反論が毎日新聞に載り、当時の世間を賑わせました。
記事の見出しの情人とは東大生の宮崎龍介です。
白蓮が龍介を知るようになったころの短歌を今回のタイトルとしました。
『君故に 死も恐るまじ かくいふは魔性の人か神の言葉か』
龍介の居る東京に来た白蓮は、やがて龍介の実家に住まい、そこで生涯を過ごしました。
その住まいが西池袋にありました。
大正天皇の従兄妹にあたる高貴の人、気に染まない結婚であるが飯塚で豪邸に住んだ女性が、その後半生を過ごした住環境を覗きたくて、西池袋界隈を散策してみます。
写真は白蓮の住まい近くの目白庭園に咲く寒緋桜です。
花言葉は「あでやかな美人」「高貴」なのだそうです。