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横須賀軍港めぐり [東京以外散策]

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正月には、横須賀軍港めぐりをしてきました。
 
横須賀港の沿革は幕末まで遡ります。
勘定奉行小栗上野介の進言によりフランス人技師ヴェルニーを招いて横須賀造船所を開設したのが始まりといいます。
慶応元年のことです。
この幕末当時に作られたドックが、今も米軍基地内に残っています。
 
疲弊した幕府財政のなか、横浜から輸出する生糸を担保にフランスから建設費を租借したそうです。 
「これで、たとえ、(幕府が)売り屋となっても、蔵つきになります。」
小栗の有名なことばです。 
幕府の命運を予測しながらも、日本の近代化を視野に収めていたことが知れます。 
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明治に到り、横須賀鎮守府の軍港となり、戦後は米軍と海上自衛隊の基地となっていることは御存知のとおりです。
軍港めぐりのクルーズをしてみました。
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やはりメインは第七艦隊の空母でしょうか。
主力はこの原子力空母ロナルド・レーガンです。
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空母護衛のイージス艦です。
米軍のイージス艦は、クルーズ中6・7隻も見かけたでしょうか。
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こちらは、海上自衛隊のイージス艦「きりしま」です。
「きりしま」と同型艦にあたる「こんごう」型が4隻、「あたご」型が2隻、合わせて6隻が日本のイージス艦の全保有数です。
それに匹敵する数のイージス艦が横須賀に停泊しているのを目の当たりにして、彼我の戦力差を実感しました。 
因みにアメリカの空母保有は10隻、イージス艦にいたっては84隻といいます。
別にアメリカと戦争をするつもりはありませんが、
横須賀を一巡りするだけで、その力の差がわかるということに驚きました。 
横須賀 013.jpg 
『海軍の場合、素人でも彼我の比較ができた。
軍艦における火力と装甲のつよさ、速力、運動力、それにその数量の多寡で彼我の強弱がわかる。
日本海軍は、数量をくらべて英米よりはるかに劣ることを知っていた。』(街道をゆく「三浦半島記」)
港を一巡して、司馬遼太郎のこの言葉を実感した一日でした。
 
海軍カレーは横須賀の名物となっています。
ホテルで食べたカレーは、小麦粉の味がして郷愁を誘う味わいでした。
横須賀ネイビーバーガーは食べそこないましたが、
佐世保バーガーもあることから、きっとアメリカ海軍の戦闘食ではないかと思っています。
 
街道をゆく 42 三浦半島記 (朝日文庫)

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  • 作者: 司馬 遼太郎
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2009/05/07
  • メディア: 文庫
 
 

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