熊本から [只今出張中]
4月14日午後9時20分震度7の地震を知ったのは自宅のテレビでした。
10時過ぎ、会社から携帯電話に熊本への応援要請の連絡が入りました。
熊本空港に降り立ち、熊本の支店ビルに到着したのは15日の夕刻です。
翌日からの業務継続について打合せを終え、ホテルにチェックインしたのは深夜近くのことでした。
写真は16日朝、ホテルから会社へ向かう途中に見た熊本城の天守閣です。
よく観察すると、屋根瓦が脱落しています。
ホテルの部屋に入り、ベッドに倒れ込むように眠っているところを、激しい揺れに襲われました。
16日午前1時25分、M7.3、震度6強の本震の揺れです。
ベッドの上で身動きも出来ず、金縛り状態でした。
停電の暗闇のなか、室内で物の倒れる音を聞くのみです。
暫くして非常灯が点灯、室内を見るとテーブルの上の電気スタンドが倒れ、浴室の床にはシャンプーなどのボトルが転がっていました。
暫くして非常灯が点灯、室内を見るとテーブルの上の電気スタンドが倒れ、浴室の床にはシャンプーなどのボトルが転がっていました。
テレビは固定されているのか微動だにしていません。
つづけて館内アナウンスでロビーへの集合を指示されました。
スタンドを起こして、シャンプーのボトルを拾い上げ、懐中電灯とスマホを持って、非常階段からロビーに向かいました。
(このへん、比較的に冷静だと思いませんか)
その時のロビーの様子です。
同じホテルに泊まり込んだ報道陣は早速、録画を始めていました。
16日朝8時頃、寝不足ながら仕事に出ます。
ホテルから会社へ向かう道すじの様子です。
この建物は、この後余震の度毎に破壊が進行していました。
所有者はどんな思いをしているのでしょうか。
熊本城の塀も倒壊しています。
支店ビルから眺めた熊本城の眺めは、もっと衝撃的でした。
石垣が大きく崩れ、櫓は柱状となった2本の石垣で支えられているだけでした。
余震があるたびに、いつ崩れ落ちるかビクビクして見ていました。
ビルの屋上に飛行機のエンジンのようなものが転がっていました。
よく見れば横倒しとなったクーリングタワーです。
ビルの外壁に走る亀裂。
滞在すること10日あまり、25日の夜、再開された空港から飛行機で帰途につきました。
当初は人通りもまばらな街となっていました。
しかし徐々に営業を再開する店も出て来ています。
いまだライフラインの復旧も完全ではないようですが、熊本に人々に声援を送りたいと思います。
「がまだせ熊本」と。
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