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赤い煉瓦と緑の桜(王子) [東京散策]

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王子滝野川にある酒類総合研究所の赤レンガ酒造工場を見てきました。
酒類総合研究所は独立行政法人ですが、かつては大蔵省所管の醸造試験所でした。
「何故、大蔵省なのか。農水省とか経産省の所管ではないの。」
そんな、疑問を持ちながら出掛けました。

今、赤レンガ工場の前に立っています。
東京駅の辰野金吾、赤坂離宮の片山東熊と並ぶ明治の三大建築家、妻木頼黄による建築物です。
現在、残っている妻木の作品は横浜の赤レンガ倉庫、横浜正金銀行本店(神奈川県立博物館)などです。
ここの赤レンガ工場は、明治36年(1903年)に造られています。
 
 
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建物は古いですが、今も現役の研究所の酒造工場です。
明治時代、殖産興業が進む以前の国の税収の40%は酒税であったそうです。
ところが、それまでの酒造りは経験と勘の世界でした。
時により工程の途中で腐敗させ、醸造に失敗することも多々あったようです。
醸造を科学的に研究し、安定した酒造りを普及させることは、税収の安定に必要不可欠と、時の政府は考えたというのです。
立派に筋が通っているではありませんか。
だから、大蔵省所管の醸造試験所なのですね。

「小さな政府」などと言われる現在では、逆行する存在かもしれませんが、
国が酔っ払いの存在を公認しているような機関で、私個人にとっては心強い思いがします。

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構内で見かけた、利き猪口です。
「国税庁醸造試験場」名が入って権威ありそうです。
桜の花びらに「醸」の字のマークも、そうです。
 
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建物内部の様子です。
内部の壁は、イギリス積となっていました。
煉瓦の長手を見せて積んだ次の段は、小口を正面に向けて積み、これを交互に繰り返しています。
開口部の上端は、上からの荷重を受け止めるアーチ型となっています。

日本における近代建築として煉瓦造りが本格化するのは明治30年代以降ですが、
大正12年の関東大震災以降は、地震の揺れに弱い事から造られなくなったそうです。
最盛期は高々、20数年の間ということになります。
残っている煉瓦造りが少ないことも、うなづけます。
 
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山廃仕込みと吟醸酒の利き酒をさせて頂きました。
「口に含んで、傍の容器に吐き出してください。 」と言われましたが、
もちろんそんな勿体ないことはしませんでした。

建物の外壁です。
外壁は、煉瓦の小口を前面に出したドイツ積となっていました。
国の重要文化財に指定されている建物です。
 
お酒も、お腹に収まったことですし、
次は、緑の桜を見に行きます。

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北区の観光情報センターに寄って、情報収集をします。
係の人が「緑の桜」と言います。
「ああ、葉桜ですか。」てな私の反応に、「ギョイコウですよ。」と苛立っていますが、私は「?、?」

言われたままに、七社神社まで来ました。
確かに社殿前に緑の桜がありました。

王子酒類総合研究所 061.jpg 
 
「御衣黄」(ギョイコウ)という桜の品種だそうです。
「貴族の衣服の萌黄色のようである」が名の由来だそうです。
こんな品種があるとは知りませんでした。
ピンクの桜を見飽きた目には新鮮でした。

帰って調べてみると、
「古くは『黄桜』とも呼ばれていた」などと解説されています。
「ああ、黄桜かあ。」と得心してしまうのが、やはり呑兵衛です。




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