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芋坂団子を食す(根岸界隈) [東京散策]

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根岸の子規庵に来ています。
子規の部屋の前のヘチマ棚、縁には去年の糸瓜が転がっています。
「をとといのへちまの水も取らざりき」、絶筆三句のひとつです。
「棚の糸瓜思ふところへぶら下がる」、「病床のながめ」と題して読まれた句です。

棚の向こう、ガラス戸のある6畳間が子規の寝室兼書斎でした。
庭に面して6畳間と8畳間が並ぶつくりとなっています。
子規庵での句会は8畳の座敷で行われたそうで、漱石や鴎外も訪れました。

子規の写生論は、古典の知識や教養にもたれかかった表現を排除するところから出発しています。
対象を自分の感覚で捉え、自分の感性に触れるものを自分の言葉で描いてみせることが写生であるとすれば、
近代社会で芽生えた自我の発現運動であったと理解できます。
この家の8畳間が、日本の近代文学、国語学に与えた影響は大きかったのだと感動しています。

 
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子規の日常を偲ぼうと庭の片隅で、日記「仰臥漫録」を拾い読みしています。
日記は死の1年前、明治34年9月2日から始まっています。
三度の食事と間食の献立が欠かさず書かれ、食べる事へのこだわりを感じます。

「9月4日 朝曇 後晴
昨夜はよく眠る
新聞『日本』『二六』『京華』『大阪毎日』を読む例のことし、『海南新聞』は前日の分翌日の夕刻に届くを例とす
朝 雑炊三椀 佃煮 梅干
  牛乳ココア入 菓子パン二個
昼 鰹のさしみ 粥三椀 みそ汁
  葡萄酒一杯(これは食事の例なり 前日日記にぬかす)
間食 芋坂団子を買来らしむ(これに付悶着あり)
    あん付三本焼一本を食ふ 麦湯一杯
    塩煎餅三枚 茶一杯
晩 粥三椀 なまり節 キャベツのひたし物
  梨一つ
午前種竹山人来る・・・・・・」
 
健啖ぶりに感心します。
(これに付悶着あり)と注意書きを付した芋坂団子には執着がある様子が窺えます。
「買来らしむ」は、おそらく妹の律に買いに行かせたのでしょう。

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子規庵から徒歩10分程度、芋坂団子を食べに来ました。
私も・・・と。
文政二年創業、上野の山から下った芋坂に店舗があることから芋坂団子と言います。
その歯触りの滑らかさから羽二重団子と呼ばれるようになったそうです。
芋坂名物羽二重団子と書かれた幟が店頭に掲げられていました。

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「芋坂も団子も月のゆかりかな」(子規)

お店の庭の縁台で、待つことしばし、注文の品が到着しました。
あん付の餡は甘さ抑えめで、晒し餅の滑らかさはまさに羽二重でした。
焼きもまた良し、酒のつまみにもなりそう。

注文後しばらくして、メニューを再確認すると、「お酒と焼き二本」のセットがありました。
「しまった」と思いましたが、あとの祭り、お宮の太鼓がドンドコドンです。

『「行きませう。上野にしますか。芋坂へ行って団子を食いましょうか。先生あすこの団子を食ったことありますか。奥さん一辺行って食って御覧。柔らかくて安いです。酒も飲ませます。」と例によって秩序のない駄弁を奮っているうちに主人はもう帽子を被って沓脱に下りる。』
帰宅後、漱石の「吾輩は猫である」を開いてみると、書いてあるではないですか、「酒も飲ませます」と。
事前の調査不足でした。

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暑い日でしたが、高く繁る木陰のもと、庭を渡る風を感じながら団子を食べ、熱いお茶を啜るのも、また風流です。

ところで、「芋坂団子(これに付悶着あり)」の悶着ですが、
9月20日の日記に、
『例えば「団子が食ひたいな」と病人は連呼すれども、彼はそれを聞きながら何とも感ぜぬなり、病人が食いたいといへば、もし同情のある者ならば直ちに買ふて来て食はしむべし、律に限ってはそんなことはかつてなし。故にもし食ひたいと思ふときは「団子買ふて来い」と直接に命令せざるべからず』と、妹の律をなじっている箇所が出てきます。

これが悶着の原因たる事実でしょう。 
団子への執心が言わせる言葉でしょう、と律のためには思いたいものです。


仰臥漫録 (岩波文庫)

仰臥漫録 (岩波文庫)

  • 作者: 正岡 子規
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1983/11/16
  • メディア: 文庫


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